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Taka

Author:Taka
旧ブログ「Infinite Harmonics」から引越してきました。

ギターや日常生活、腎臓機能保存の食事療法(現在の制限は1日あたり、タンパク質30g、塩分6g、カロリー1800kcalです)についての独り言を中心テーマにしています。2012年、IgA腎症と診断され、扁摘パルス治療実施。現在保存期。

拙いギター演奏をYouTubeにて公開してます。

Facebook: https://m.facebook.com/dilbert4216

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Can we all get along?

"Can we all get along?"

これはキング氏の言葉です。と言ってもみなさんご存知のマーチン・ルーサー・キングJr牧師でなく、ロドニー・キング氏の方ですが。彼のこの言葉が出されたロスアンゼルス暴動事件についてはこちらを

マーチンに比べるとロドニーは、それはそれはダメな男でしたけれど、彼だって恵まれない環境、差別のある社会、そして運命に弄ばれた被害者だったかもしれません。

さてさて、世の中は竹島だ尖閣列島だと騒いでいますね。

私はアメリカ人ですから、あまりとやかくは言いたくありません。が、ちょっとだけ。

地球で人間が依存する資源、土地、水、空気は無尽蔵ではなく、その蓄積量、あるいは再生サイクルは制限されています。

人間はそう言った地球の生態系の持つリズムと調和のとれた生活スタイルを取らなくてはいけないと思います。

その時、重要なことは「優位性を得るための資源獲得」よりも「切り捨てられる人を極力減らすための共有・共存」の意識だと思っています。

いくら、その周りや地下に資源が眠っているからといって、小さな島を巡って大騒ぎしているあいだにも、食料や薬がなくて死んでいく人、内乱や圧政で死んでいく人たちがこの世界のあちこちにいることを忘れてはいけないと思います。

自分がそのことを忘れないためにも、毎月、何らかの難民救済や子供たちのための寄付をしてみることをおすすめします。クレジット払いで1,000円ぐらいからできるものもあるはずです。

限り有る地球の資源を、先を争うように専有に走ることよりも、排他的な考えを改めて、できるだけ多くの「ハブノット」の人間が、人間らしい生活を送るために、どこまでの不便さを「ハブ」の人間側が受け入れ可能なのか考えてみて、資源の効率的共有の道を探した方がいいと思います。

このままいけば、いずれ世界的に食料も不足してくるでしょう。今のような排他的な姿勢が続くなら、それこそ戦争すら起こりかねません。それはとても安易で愚かしい選択だと思います。

Can we all get along? Can we?
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クレアチニン悪化(ーー;)そして腎生検?

今日は二ヶ月ぶりの通院日。

検査結果を見てガァ~ン。

クレアチニンが1.8を超えました。これまでは1.64が最高で、大体1.5ぐらいのところをウロウロしていたのですが。

4ヶ月前が1.43、2ヶ月前が1.63、そして今回1.83。1ヶ月に0.1上昇しています。

血圧も正常。コレステロール(T-Cho:135)も血中尿素窒素(10)も低め。

担当医も首をひねるばかり。

3年前は腎臓の萎縮が見られなかったので見送った腎生検の提案がありました。

とりあえず、月末に超音波検査をして、1ヶ月後、再度診察を受けることになりました。

血中尿素窒素の値からは、低蛋白食は実行できていると思うんですけどね。

自分の状況を受け入れていかないといけないのでしょうね。

国粋化を推進するオリンピックという悪しき道具

一人ひとりのスポーツ選手にストーリーがある。それは必ずしもエンターティメントにはそぐわないこともあるかもしれないし、ましてや自国の選手であるとは限らない。

でも、世界中のアスリートが一堂に集まるこのイベントで、自分の国の選手ばかり取り上げるメディアはいかがなものかと思う。

福島や東北出身の選手がいれば、嫌味とも言えるほどに「災害」やら「被災者」やらの言葉をとって付けるメディアには、同様に辛い経験や、過酷な環境に置かれてもなおかつスポーツで輝こうとする他国の選手は目に入らないようだ。

これはオリンピックが国際化ではなく国粋化を推し進めてしまった結果だろう。

オリンピックのゲームにおける勝利の栄誉は、その勝利を勝ち取った個人とチームに与えられるものであって、国家に与えられるものではないはずだ。

国家の栄誉だと勘違いする連中がいるから「無気力」だの「引き分け狙い」だとかが問題になるし、オリンピックが国粋化を利用する権力者の道具に成り下がるのだ。