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Taka

Author:Taka
旧ブログ「Infinite Harmonics」から引越してきました。

ギターや日常生活、腎臓機能保存の食事療法(現在の制限は1日あたり、タンパク質30g、塩分6g、カロリー1800kcalです)についての独り言を中心テーマにしています。2012年、IgA腎症と診断され、扁摘パルス治療実施。現在保存期。

拙いギター演奏をYouTubeにて公開してます。

Facebook: https://m.facebook.com/dilbert4216

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入院随想記「食事療法〜でんぷん米」

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今回の入院期間中、前回の設定通り、あるいは腎不全の進行度合いからなのか、特に尋ねられない内に、「でんぷん米」で、1日のタンパク摂取量30g、塩分6g、カロリー1800kcalとされてました。

これまでは「越後ごはん」と言う低タンパク処理されたお米のご飯だったので、ちょっと最初は不安だったのも事実。

しかし、ステロイドの副作用の一つの食欲増進のためなのか、とにかくお腹が空き、でんぷん米だろうが何だろうが、とにかくよく食べられています。(まさか味覚障害じゃないよね?)

これまでの間に、僕の食事療法は「低タンパク米」から「でんぷん製品」へとシフトしてきています。

今の僕の普通の一日の主食は、「でんぷんパンミックス」で焼いたパンのトーストが朝食、でんぷんで作られた麺類、パスタなどが昼食、夕食は「でんぷん米」と「低タンパク白米」をミックスして炊飯したご飯、ですが、パン、麺類に関しては、ほぼ問題なく米・小麦粉由来の主食から脱していると思います。

これは、何度かセミナーでお話を伺った出浦先生の方針に沿ったものです。

出浦先生の活動に関しては、それほどの注目が、腎臓病を抱えている人の間に存在しているかどうかは分からないし、「無理な食事療法を押し付ける」と言う医療関係者の批判というか、避難の言葉もネットで見たことも。

確かに、出浦先生の食事療法は簡単ではない、と言うか、難しい。4年間、試行錯誤して、まだまだ十分に実践できているとは思えない。

ただ、それを十分に実践すれば、そしてそれを受け入れる覚悟があるなら、そこには必ず「人工透析を1日でも先に延ばす事ができるはずだ」と言う思いは先生のセミナーから伝わってきている。

人工透析の費用は月に一人当たり、40〜50万円かかるとも言われていますが、食事療法で主食をでんぷん・低タンパクに替えるコストはたかだか(?)2万円足らず。

個人の負担とか保険とか無視して考えれば、1年の食事療法で1ヶ月透析導入が遅延できればコスト的には有効と考えられないこともありません。

そして、行動や時間の制約、合併症などの要素を考えれば、なぜ、医療業界が、もっと「透析導入遅延対策」に力を入れないのか、とても残念です。

透析クリニックを敵視しているわけではありません。最終的にな生存の手段としてなければならない機能です。透析技術の高度化も大切です。ただ、それと同じく、あるいはそれ以上に、透析に入らないで健康的に生活できる事が一番大事なのです。

話はでんぷん米に戻りますが、僕の現在の食事療法で、どうしてもネックになっているのがこの「でんぷん米」の調理方法です。

今回の病院食に出ているでんぷん米は、それはお米に比べればパラパラだし、味はXXXXXだし(笑)、まぁ、普通の人ならゲンナリするでしょうけれど、僕にしてみれば、「よくぞここまでヤッテクレタ!」と言えるほどの出来です。

自宅で炊飯するでんぷん米は、どうしてもベチャッとしたり、塊になったり、かたぁくなったり、となかなかうまく行った試しがありません。何とか、低たんぱくの白米とあわせて炊飯している状況です。

どのように調理すればこのように炊けるのか知りたくて病院の栄養士さん宛の質問事項のリストに加えたのですが、月曜日に栄養相談のアポイントがとれました。

自宅の炊飯器も必要があれば買い換えるつもりだし、いい情報が得られるよう切に願っている状態です。
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入院随想記「カーテン越しのお話」






先日書いた、「老人と犬」のテーマも含まれるが、人は自分の視界に入らない他人は意識から簡単に抹殺することができるのだろうか、と思えるぐらいに、病室内は「情報漏洩」真っ盛りである。

あるいは、わざと周りの人に聞かせたいんじゃないかと思うことすらある。

「長期入院患者のケース」
医療チームの連携、コミュニケーション不足もあったのか、患者、その家族との摩擦が生じていたが、この経緯がほぼ「だだ漏れ」で伝わる。病院側としても、そのデメリットを考えるべきなのだろうが、これも組織特有の問題なのか?
また、患者とその家族の会話も、まるでテレビの再現ドラマかのような、医療従事者への罵詈雑言。確かに問題を抱える医師・看護師もいることはいるが、陰口で自分の病は治らない。

「仲良し親子のケース」
腎臓に良い低タンパク食を推奨されたようで、時折訪ねてくる母親と、食品カタログを見ながら、あれやこれやと盛り上がる。
一人暮らしの息子の世話をもう一度できるのが嬉しいのか、いろいろと調べてきては 、息子に話している。
冷凍の「低タンパク」弁当を買うとか、実家の冷凍庫に保管してあげるとか、まぁまぁなマザコンぶりが良く伝わる。
母親が元気なうちは いいけど、、、、
よっぽど、「主食以外は特に低タンパク製品を沢山買う必要はないよ。不味いし。」と言ってあげそうになった。(笑)

「リア充カップルのケース」
一番新しい、同室者。
これは、勘弁して欲しい。
(⌒_⌒; タラタラ。
病室外に出られない不便はあっても、ちょっと、こちらは余り嬉しくはない。
ちなみに、僕がMihoちゃんと会う時はほとんどが、ひと気の消えた1階のオープンラウンジスペースである。
大事な会話を、他の人に聞かせるほどのお人よしじゃありません。


「医療情報”ききかじり”」
(1)ネフローゼ症候群が疑われる患者さん。
浮腫みと乏尿の発症。多量の蛋白尿により血中のタンパク質が不足した結果、血液中の水分が浸透圧の差により血管から漏れ出し、体に蓄積される。利尿剤が聞かない場合、他人の血液から作られたタンパクを強制的に注入し、水を血管に戻してから尿として出す方法を選択した。

この措置は保険適用が1ヶ月に3日まで、と医師がいうのを聞いた。ここで、保険内医療と保険外医療の線引き、TPP後の日本医療環境への懸念なども頭をよぎったけれど、それはまた別の機会に。

「医療ドラマの影響」
テレビで見る医療ドラマは、そりゃあ、フィクションだから、どんな内容の話だろうが、病室で声を出して話をする。どうも、それが、患者どころか、医療従事者の方にもイメージとして強く作用しているのではないかという気がする。
例え、その情報が、受け取った側にとって何ら利害が無いと、その時点では想定されていたとしても、個人情報保護の本来の概念、そして倫理的秘匿事項を考えれば、このようなオープンな情報空間は病室には相応しくないと感じる。
アメリカの病院ではまず考えられないことではある。

入院随想記「老人と犬」

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*背景情報

僕が3度目の病室移動をした日に、カテーテル緊急透析治療で入院してきたA氏、70歳後半、一匹の犬と暮らす。身よりはないようだ。

入院時に犬は自宅近辺の動物病院に1週間の約束で預けてきている。
シャント手術後、カテーテルが抜けるまで、外出できないと後に理解し、犬の世話の延長料金の支払いが心配とかで駄々をこね始める。

とりあえず、カテーテルをギリギリ早い段階で抜いて、近くの郵便局から動物病院への支払いは実行できた。
ただ、前日、動物病院から犬の容態が悪くなったと連絡があり、気が少々動転したのか、今日退院すると言い張り始めた。

病院としては、自宅近くでの通院透析導入前の、院内透析のステップが標準的措置として退院に難色。
カンファレンスの結果、一時帰宅の形をとって折り合いをつけた模様。

*感想

何度かの入院を経験して、一旦入院してみると、置き去りにしてきた生活の時間が止まり、ごく普通に感じていた日常からの断絶に戸惑う人を目にしてきた。

それは必ずしも世間一般でいう「独居老人」とは限らない。

一人暮らしでなくても、夫婦のいずれかが被介護者、障がい者、あるいは単に非協力的、親と子の二人暮らしで、家事をする人はいないなどのケースも数回の入院生活の中で見聞きしてきた。

A氏のように、一旦、入院、隔離されてしまうと、日常生活との断絶で悩む人が、同居人の有無にかかわらず、潜在的に多数存在するのではないだろうか。

医療サービスと連携する生活調整アドバイザー機能が病院(単体・グループ単位)と患者のコミュニケーションに参加し、院外生活支援のテーマで協力するシステムの実現、発展が望まれてもいいのではないかという気がする。

もう一つ感じたことだが、ペットに対する飼い主の責任は、飼い主がこの世から去ったら無くなってしまうものでもないのではないか?

A氏に万が一(現実的に遠くない将来)亡くなったら、残されたペットはどうなるのか、考えたことはないのだろうか?

以前、英国BBC放送のドラマの中で、老夫婦がペットの犬を失い、捨て犬紹介所に子犬を求めて出かけたところ、「残念ですが、この子犬の一生をあなたに任せるには、あなた方は年を取りすぎています。この子は一生、あなた方に頼って生きて行きたいのですよ」とさとされる場面がありました。


僕は、その言葉に、とても深い印象を受けたのです。

扁桃腺摘出手術:入院記録3(それほど目立ったこともなく)

もう、山場は超えた「扁摘」入院です。


入院4日目(3/1)

少しずつ呼吸もできるようになり、喉の痛みというか、嚥下困難な状況も少しずつ改善されてきました。

この日、やっとこさ点滴が外れました。痛み止めと抗生剤は服薬のみとなりましたが、抗生剤の影響で、お腹の具合がイマイチでした。

点滴の針が外されたので、この日からサイレントギターを弾くようになりました。iPhoneとサイレントギターがあれば、何とか入院生活も乗り切れそうです。不満といえば、やはり携帯機器は充電してはいけない、と言う病院内のルールでしょう

入院5日目(3/2)

この頃になると、食事のお粥の量がハンパなくてヒキました。(ーー;)
5分粥とか、膨らみ方が異常で・・・
結構冷たい飲み物が喉にイタイと感じました。

病室はWi-Fi環境がないのだけど、1階ホールのタリーズコーヒーの店はWi-Fiが利用可能で、このお店の周りだったらWi-Fiが使えることが分かり、Pod Castingなど高速ダウンロードが必要なものや、GyaO!動画は、このエリアで見ました。

Lawsonやタリーズコーヒーが院内にできたのはとても便利だけど、タリーズコーヒーは、あと1時間営業時間を伸ばしてくれると面会に来てくれたMihoちゃんともくつろげたのに、と残念です。

入院6日目(3/3)

食事はほぼ普通の低たんぱくメニューになりました。

今回の入院も6人部屋で、常に5人は入っていました。僕と同じ扁桃腺摘出はあと一人で、他は様々な病気の人たちでした。年齢層は僕位の年の人と、結構年配の方と半々と言ったところ。腎臓病棟に入院したときは、糖尿病の人が多かったけど、今回は糖尿病の方は一人。でもかなり重症の方でした。

糖尿病が生活習慣病と言われることもあってか、腎臓病も生活習慣病と思っている人もいるかもしれませんけど、不健康な生活スタイルが必ずしも腎臓病には至らないと思います。僕のようなIgA腎症は発生の原因がまだよく分かっていません。

病気の多くは、災害や事故に遭うような、言わば「悪いくじ引きに当たった」結果とも言えます。その人たちが出来るだけ普通の人と同じような生活が送れるようにするのは当然のことだと思っています。

入院7日目

退院が正式に決まり、この日はただブラブラして過ごしました。(*゚▽゚*)


以上、今回の入院生活を駆け足で紹介しました。

来週からは、ステロイドパルスでまた入院です。(T_T;)

通院日でした~そして入院日決定

今日は耳鼻科と腎臓内科の診察予約で病院へ。

耳鼻科はもう一回、通院することになりましたが、扁桃腺摘出後、ほぼ問題なく回復しているようです。

腎臓内科では、数値は横ばい・・・(ーー;)

もう、数字を書くのも面倒になってきましたが、

クレアチニン:2.1(前回2.15)
BUN:14(前回12)

尿酸値は基準値内でした。

尿蛋白も尿潜血も相変わらずです。

で、ステロイドパルスの入院は来週の月曜日(18日)からとなりました。
2月3月は入院月間です。(ーー;)

3日間のステロイド点滴投与に続いて4日間のステロイド服薬、これを2回繰り返して、最後に3日間のステロイド点滴投与をして退院です。

退院までに桜が散ってしまわないことを願います。もう、あと何度見れるかわからない桜です。Mihoちゃんと一緒に見たいです。

扁桃腺摘出手術:入院記録2

2日目(手術当日)の続きです。

術後の安静時間

手術後は、枕もせず(頭部に麻酔薬が残ることを防ぐため、と説明されました)に、仰向けに寝たまま、左右に体を傾けることだけが許される状態で、左腕には点滴、口には酸素ボンベにつながれたマスク、そして血液酸素濃度をチェックする機械が右手指にセットされた状態で、5時間、水も飲まず、安静にしていなkればなりません。

腎生検の時の2時間安静に比べると体は楽でしたけど、前にも述べたように鼻呼吸が全くできず、口をパクパクさせて呼吸するため口の中た砂漠状態になったのがとても苦しかったです。おまけに朝からの生理食塩水の点滴でかなり膀胱もパンパンになっていて、3~4度ナースコールをして排尿するという(/ω\)ハズカシーィ思いもしました。

で、眠くなってくると、当然呼吸が浅くなるのですが、その度に血液酸素濃度が下がり、機械がピーピーうるさいアラームを鳴らすのですが、これを止めるには深呼吸をしたり、「ハァ、ハァ」と呼吸を早めなくてはならず、これもまたキツかったです。

2時半に手術が終了し、安静が解除されるのは7時半だったのですが、脇に置いていた腕時計がよく見えず、「後、30分か?」と思ってたら、看護師さんから「後、1時間半ですよ。頑張ってください」と言われ、ガックリしました。

7時過ぎにはMihoちゃんがお見舞いに来てくれたのですが、その時の僕は「酸素が足りなくて、水面で口をパクパクさせている鯉のようだった」らしいです。(ーー;)

Mihoちゃんが来てから間もなく安静解除となり、まず、ちゃんと立てるかどうか看護師さんについてもらって、起立して少し歩行。問題ないようなので、着替えをして(T字帯、持って帰ってもいいですよ、と言われたけど、捨ててもらいました。そういう趣味は無いから)、まずトイレに向かいました。

Mihoちゃんから着替えやら本やら受け取ったら、もう面会時間は終わり。それなりに元気に振舞ったつもりだったけど、あとから考えると、この時点では、まだかなり朦朧としていたようです。

水を飲めうようになったので、水を飲もうとするのだけど、やはり、喉が痛い、と言うか、最悪の喉風邪をひいた感じで、喉が腫れ上がって何も通らないんじゃないか、というほどでした。水も冷たい水は却って刺激が強いようで、痛みもそれなりに強かったです。

この夜は止血剤の点滴を深夜まで行い、その後は明け方まで生理食塩水の点滴を打たれました。


入院3日目

とにかく、横を向いて寝ないと鼻呼吸が全くできないので、ちょっと眠っては呼吸が苦しくて目が覚める、ということを繰り返し、夜はろくすっぽ寝た感じもしませんでした。

点滴は今度は止血剤にスイッチ。久しぶりの食事は、ドロッとした液体のような重湯。具の入っていない味噌汁。それに何だか分からない「柔らかい」おかず。

飲み込むことはできたけど、やはり喉を通るときは痛みというか、狭いところを押し込むような抵抗感を感じます。担当医にも言いましたけど、「まぁ、いずれ治りますから」って。治らんかったら大問題じゃろうがァ!!

処方されたうがい薬で、こまめにうがいをするように言われ、この朝から、抗生剤、痛み止め、整腸剤の服用も始まりました。

この日は、まだ呼吸も苦しく、点滴の針も刺さったままで、ほぼ1日中、ベッドに横たわっていました。

扁桃腺摘出手術:入院記録1

入院1日目
いろいろな荷物で膨れ上がったバッグとサイレントギターを抱えて9時過ぎに家を出て、目と鼻の先にある病院へ向かいました。もうこの病院に入院するのも3度目なので、おおよその要領はわかっています。

病室に案内される前に看護師による入院前面談も、看護師さんが少し、のりの軽い人だったこともあり、あっという間に終了。手首に巻くバンドの色は、今回は手術が絡むからでしょうか、初めて白から黄色にランクアップされました。

昼食は、まだ腎臓病食の指定がかかっていなかったので、通常食で、さすがに美味しかったです。ロールパン2個とビーフシチュー+サラダ。こんなランチを食べることは滅多にありませんから。

腎生検の時とは違って、術前検査は2週間前に終えているので、この日は特にすることもありませんでしたが、検温や血圧測定、そして麻酔担当者、手術執刀担当医による説明と同意書のサインやらで、結構バタバタした午後となりました。

手術の開始時刻は、翌日の12時頃になることから、この日の夜中12時までは水が飲めるとのことでしたが、それ以降は、術後5時間すぎるまでは水も飲めず、食事は手術翌日の朝の重湯まで絶食となるのが少々不安ではありました。

病室のテレビは、1枚1,000円のプリペイドのテレビカードを買ってみることはできますが、今回はiPhoneがあるので、テレビを見るというより、このカードを挿入しないと冷蔵庫が起動しないという方が、主な理由でテレビカードを買いました。冷蔵庫は1日100円で、このカードから引き落とされていきます。実際、今回の1週間の入院中、テレビの視聴時間はトータルで2時間半ほどでした。

この冷蔵庫に出来れば携帯機器充電用のコンセントを一つつけてくれれば、iPhoneの充電に苦労することもないのですが。

夜寝る前に、よく女性が足のむくみを取るために就寝中に履く膝まであるストッキングのようなものを履いて寝ました。これは手術の麻酔の影響による「エコノミークラス症候群」を防ぐためのもので、術後の安静が終わるまで履き続けていました。


入院2日目

前夜は12時近くまで起きていて、睡眠導入剤を飲んで寝たので、それほどの不眠ではありませんでした。
朝の6時に指定されていた血圧の薬を1錠だけのみ、朝食は無いまま脱水症状を防ぐための生理食塩水の点滴が始まりました。

緊張もあり、あまり気分も盛り上がらないまま、用意するように言われていた、バスタオル、T字帯(ふんどしです)を袋に入れて待っていると、11時半に看護師さんから、オペの開始が12時からに決まったと連絡がありました。

パンツ一丁になって、術着を来てオペの10分ぐらい前に担当の看護師さんと1フロア下にある手術室に向かいました。オペチームは担当医、麻酔担当、看護師を含んで6~7人いたでしょうか?多分、若い女性の2~3名は研修生かと思います。

オペルームに入り、ベッドに仰向けになり、カバーをかけられると、手際よく術着や下着を脱がされ、T字帯を付けられ、心電図の端子やら、マスクやらが装着されていきました。

麻酔が点滴の管から入る合図があったと思うのですが、周りがバタバタ忙しく動き回っていたので、いつ眠りに落ちたかもよく覚えていません。

何だか長い夢を見ていたような感じもしますが、頬をペタペタ叩かれながら名前を呼ばれて目が覚めたようです。この辺も予め言われていたので、かすかな声で返事をしたと思います。

人工呼吸のための管を抜かれる感じは余りいい気持ちではないのですが、これもまだ麻酔の影響でそれほどでもありませんでした。ただ、ただ、呼吸がしづらい。鼻呼吸が全くできない状態でしたから、声を出すにも一苦労する状態でした。これは口蓋垂(こうがいすい)、いわゆるのどちん○が腫れているからだそうです。

まだ朦朧とした意識の状態のまま、ベッドに移され病室へ移動。「エレベーターに乗りますよ」「病室に着きましたよ」などと看護師さんが声をかけてくれるけど、全く返事ができる状態でもなし。天井が動いている様子がかすかかに見える程度。

移動するベッドから天井を見上げるシーンで、昔の医療ドラマ「ベン・ケーシー」のオープニングに使われていなかったっけ?と思って調べてみたら、やっぱりそうでした。



「ベン・ケーシー」Ben Caseyとか知らない人が多いだろうけど、あの頃は結構な人気番組で、丸襟で半袖の白衣と言う「ベン・ケーシー」スタイルが若手の医師のあいだでも流行り始めていて、ケーシー高峰の芸名とその格好もこの番組由来なんですから。

では、この続きはまた後日。

今日、退院しました

予定通り、今日の朝、退院してきました。

術後の経過は概ね順調ですが、やはり食事で舌を動かす度に痛みがあるので、食べるのにはまだ不自由さを感じています。

帰宅してから、シャワーを浴び、買い物を済ませ、昼食(久しぶりに楽らくうどん)を食べ、パンを焼き始め、ちょっとテレビを見ていたら、猛烈な倦怠感に襲われ、ベッドで2時間ほど寝ていました。

まだ、鼻呼吸か完全でなく、眠ると呼吸がうまくできず目が覚める、というのを数回繰り返し、それだけでも疲れてしまいそうでした。

それでも、我が家は天国です。(^O^)

いきなり呼びかけてくる人もいないし、ベッドも心地よいし。

退院後の数日は病気からのリカバリでなく、入院生活からのリカバリ、といったものなのでしょう。

あすから、少しずつ入院生活について書いていこうと思います。