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Taka

Author:Taka
旧ブログ「Infinite Harmonics」から引越してきました。

ギターや日常生活、腎臓機能保存の食事療法(現在の制限は1日あたり、タンパク質30g、塩分6g、カロリー1800kcalです)についての独り言を中心テーマにしています。2012年、IgA腎症と診断され、扁摘パルス治療実施。現在保存期。

拙いギター演奏をYouTubeにて公開してます。

Facebook: https://m.facebook.com/dilbert4216

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江部先生の告別式

先日亡くなられた江部賢一先生の告別式が12月28日午後0:30から近くの市が尾で開かれ、僕も参列してきました。
小さめのセレモニーホールはご家族、親戚の方たち。
入り口にある待合スペースは来訪者が立っている人も含めて20人ほど。僕が案内された二階の部屋もあっと言う間に埋まってしまい、全体で60~70人ほどだったでしょうか。
音楽葬と言う形式でBGMはご家族が選ばれた曲、ボサノバやビートルズが流れる式でした。
入院中の病院で息を引き取られる前に、病室内のいろいろなものを見渡して「Fmaj7だね」と言われたとの事でした。
先生、カッコ良すぎます。
また、先生の曲の数々、チャレンジさせてもらいます。天国で聴いてくださいね。

江部先生がワタミでよくオーダーしていたとん平焼き。写真はウェブから拝借。
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江部先生。この一冊

江部先生の著作との出会いは大学を卒業したての頃、僕が25歳前後だったでしょうか?
それまで、ギター向けの映画音楽、ポピュラー音楽、ボサノバなどの曲集が少なかった頃、斉藤まもる氏の曲集ぐらいしか興味がわかなかった僕でした。

江部先生のこの曲集を手に入れて間もなく僕は建設会社のアメリカ駐在員として日本を離れました。アメリカにいた16年間、ずっと手元にあったにもかかわらずろくすっぽ弾きもしなかったギターでしたが、日本に戻りギターを再開してから改めて江部先生のアレンジの秀逸さに気付くようになりました。

江部先生の曲集から一冊をあげるとしたら迷わず、この一冊です


椎野みち子さんの紹介で江部先生のご自宅にお伺いした時に頂いたサインも残っています。

江部先生、ありがとうございました。

昨晩遅く、ギタリストの益田さんのFBで江部賢一さんが亡くなられたのを知りました。

昨年の手術以降、先生の体力を考慮して直接お会いするのを控えていましたが、再会する機会なく、この様な事になり、残念です。

江部先生のアレンジに会ってからもう30年以上の月日が経ちましたが、今でも多くの楽譜、曲集が私の音楽とギターの手引きとして手元にあります。

一年ほど、先生に直接レッスンを受けた事はとても貴重な財産になりました。これらはこれからも私のギターの強い支えになってくれることでしょう。

江部先生、本当にありがとうございました。

​ 通訳案内士受験顛末記(1)~全てはステロイドの所為?


先日受験を終えた通訳案内士への挑戦(笑)が今回で一段落したので、およそ2年に及ぶここまでの道のりを簡単に記しておこうと思います。
2013年の4月から開始したステロイドパルス治療はIgA腎症の寛解を目的としたものですが、様々な副作用の中に情緒不安定になりやすい、と言うのがありました。
今になり思い返すと確かにそれまでとは違った行動をとっていた事があるようです。桜の咲いていない角館へ花見旅行したり、南三陸町~女川旅行をしたり、九州を三週間近く旅行をしたりしたのも大なり小なりステロイドの影響下にあったからかもしれませんん。
その影響か、仕事が余りに来なくなった事もあってか、2013年の秋から横浜桐蔭学園大学で開かれていた公開講座を取り始めました。
秋は翻訳講座を取り、ここでかなり自信を無くし(汗)ましたが、年明けからはスピーキングの衰えを補おうと同じ公開講座の上級英会話をとる事にしました。
10数人の受講生の半分位が男性で、皆さん退職後暫く経っている人ばかりで僕は多分男性で最年少だったと思います。女性陣には僕がとてもかなわないレベルの人もいました(やはり女性のコミュニケーション能力は男性より高いと思いました)が、男性陣には僕が目を見張るほど英語の達者な人はいませんでした。
その中の僕よりは年を取った一人の男性がある時、「通訳案内士の資格を取りました」とクラスで表明したのです。二次口述試験の発表が例年2月に行われるので、確かそのころだったと思います。率直に言って僕は心の中で、「へぇ、この程度の英語力で取れる資格なんだ」と思っていました。
翻訳にも正直、自信も展望もなくなりかけていたし、前年に訪れた東北を海外からの訪問者にももっと紹介したいという思い(この思い上がりと言うか、発想がそもそもステロイドの影響なのでしょう)もあり、一つ試してみようかなと思ったのが、2014年の3月でした。
次回は情報収集と一次試験までの経過を書いてみたいと思います。
*通訳案内士の口述試験対策に僕が使った、割とお勧めの本(1)
「CD付日本のことを1分間英語で話してみる」
広瀬直子(著)
(出版社) KADOKAWA
CD付日本のことを1分間英語で話してみる

久しぶりの投稿~通院記録&近況

通院が二カ月おきになってからはブログの更新も大分減ってきましたが…通院・検査結果です。

クレアチニン: 1.43   (1.49から少し改善) eGFR 40
BUN:11
尿酸値: 6.5 (少し上がった)
尿たんぱく定性:  −    (±から改善)
尿潜血定性: ±   (変わらず)

今回からは新しく担当医になった医師との初めての対面でした。上から目線を感じない丁寧な説明に好感を持ちました。

尿潜血に関しては、IgA腎症のケースでは尿たんぱくが陽性であるよりは腎機能低下への影響が顕著に出ない傾向があるとの事です。

この二カ月間、食事療法が余り守れていなかったにしては結果が横ばいでとりあえずホッとしました。少し軽い気持ちで年末年始を迎えることが出来そうです。

前回の投稿からのトピックと言えば(FBを見ていない人のために):

10月の後半、長野県の白樺湖の方へ2泊の旅行をしてきました。Mihoちゃんのご両親所有の別荘の冬支度のお手伝いを兼ねた旅行でした。車で1時間ほどの白駒の池に行ったのですが、紅葉は既に終わった後でした。なかなか骨の折れる散歩コースを歩いて池を一周しました。


11月に入ってからはバックインタウンのギターナイトに参加。この日はスチール弦のアコースティックギターで演奏。Yuta君とYuta君の彼女も来てくれて、少々酔っぱらいました。(笑)


11月の半ばには、そのYuta君と彼女、僕とMihoちゃんの4人で箱根の芦ノ湖の温泉に遊びに行きました。あいにくの雨模様で、富士山は見えませんでした。(-_-;)


写真はないけど、11月19日、通訳案内士一次筆記試験の合格が分かりました。12月13日の口述試験がありますが、なんだかもう準備する気力がありませんねぇ…

勤労感謝の日の連休は出身高校の還暦記念同窓会出席のため福岡へ。参加者も50名を超え、懐かしい顔ぶれに思わずテンションが上がりました。(笑)


13日の口述試験までは気持ちが軽くなりませんが、今年の年末もできるだけ楽しい年末にしたいと思います。お正月は二日から、今度は中学の同窓会で佐伯に行き、そのまま別府で少しのんびりしようと思っています。

皆様もどうぞ、健康で楽しい年末年始をお迎えください。
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