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Taka

Author:Taka
旧ブログ「Infinite Harmonics」から引越してきました。

ギターや日常生活、腎臓機能保存の食事療法(現在の制限は1日あたり、タンパク質30g、塩分6g、カロリー1800kcalです)についての独り言を中心テーマにしています。2012年、IgA腎症と診断され、扁摘パルス治療実施。現在保存期。

拙いギター演奏をYouTubeにて公開してます。

Facebook: https://m.facebook.com/dilbert4216

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猫ヒロシの国籍について思い出すこと(長い書き込みです)

引越を機会に、このブログも閉鎖を考えています。閉鎖をする前に、少しじっくりと自分の思うこと、思い出すことなど書き留めておこうかと思います。


猫ヒロシがカンボジア国籍をとってオリンピック代表になる事については、いろいろとテレビやネットで話題になっているが、もともと、どうでもいい芸人の、どうでもいいお祭りの、どうでもいい国籍の問題なので、特にどうこういう事でもないと思っていたけれど、日本人からアメリカ国籍をとった僕なりに思い出すこともあるので、ここで昔を振り返って、僕なりの説明をしておこうと思う。

ユニバーサル・スタジオ・ハリウッド社で当時計画中のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)プロジェクト・チームの一因として働いていたのが1998年秋頃から、どうも白人上司との折り合いが悪くなり、と言うかあからさまに嫌われ始め、直属の日本人上司との折り合いも、そのせいでおかしくなり始めたので、ユニバーサルには見切りをつけて、職探しをすることになった。

その時、以前から親交のあった日本人N氏にコンタクトをとったところ、プロジェクト管理セミナー講師として新会社に参加してほしいと強くアプローチされ、すべてストレートに決まったわけではなかったけれど、1999年1月にはユニバーサル社を退職し、日本で働くことを決意した。

この時、娘は日本に行くことにつよい不安を感じていて、情緒的に不安定であった。そのことに加えて当時の妻も好きな仕事もでき、家も買ったロスアンジェルスを離れることを強く拒否していた。

この時点で僕はグリーンカード(これが無いとアメリカでは自由に職を探せない)を持って5年経過していた。グリーンカードを持って5年すると、アメリカ市民への帰化申請が可能になるタイミングを迎えていた。

アメリカを離れて数年たてば、グリーンカードは無効になるのが原則であったので、家族がアメリカに残り、数年日本で働く可能性のある僕が将来再度グリーンカードを取得する手間なしに、アメリカに戻って来るにはアメリカ市民権をとるか、あるいは元妻がアメリカ市民権をとり、僕を配偶者資格でアメリカに入国させるかのいずれかであった。

後者の選択は元妻に一蹴されたため、日本に単身帰国する前に僕だけのアメリカ帰化申請を提出した。

この時点で僕は離婚を強く決意していた。元妻の言葉の通りであれば、家族はアメリカに住み続ける可能性が高いだろうと思っていた。しかし、娘が将来アメリカで暮らし、働くことになった時、どうしても自分がサポートしなければならなくなったら、その時はアメリカに戻る思いがあったから、アメリカ市民権をとることにした。

日本に家族がやってきたのは2000年の夏だった。この時点でも娘は強く反対していたので、気の毒な思いはあったけれど、娘とまた一緒に暮らせる事には感謝した。

2000年にはまだ帰化申請がプロセスされていなかったので、この時点で申請を取り下げることはできたのだけれど、まだ、娘(アメリカ生まれなので本人の意思次第ではいつでもアメリカに戻れる)がアメリカに戻るという可能性が残っていたので、そのままにした。

その年の暮れに、ロスアンジェルスの移民局で審査面接を受け、書類が全てプロセスされたのが2001年春、そして帰化式典に出席することで国籍取得となり、一人ロスアンジェルスを訪れたのが同じ年の5月だった。

ロスアンジェルスのような移民の多い地域では、帰化式典は年に数回行われる。僕もロスアンジェルス郊外の体育館のような広い会場に出かけた。

帰化式典に参加する前日の晩、薄汚いモーテルの一室で、僕はそれまでに感じたことの無い、強い不安に襲われていた。

「俺は一体何をしようとしているんだ」「国籍をこんな簡単に捨てていいのか?」「取り返しのつかない事をしようとしているのではないか?」「今ならやめられる」などなど…

そういう時、引き返す人と引き返さない人との間にはどんな違いが出てくるのだろう。知る由もないが、考えてしまう。

後悔しなかったか、と聞かれれば、後悔したこともある、としか答えようがない。でも、「結局自分が選択した結果なのだから、誰のせいでもなく自分のせい。受入れるしかないのだ」と言い聞かせている。

回りはヒスパニックが8~9割ぐらいだっただろうか。アジア系はあまり目につかない。多分日本国籍を持って、ここにきている人は僕ぐらいだったのではないだろうか。

数千人は集まっただろう、帰化申請者たちを前にしてロスアンジェルス郡裁判所の判事が、帰化宣告文を読み上げ、最後に「あなたはこのことを誓いますか?」と判事が聴いて、会場の一同「イエス!!」と答えると判事が"Congratulations! You are now US citizens!"と言って木槌をカァ~ンと叩くと、会場が一斉に歓喜の声を上げる、と言うドラマや映画で見るようなシーンが見られた。

その時、僕はじっと黙って周りの騒ぎを、多分真っ青な顔をしてみていたのだと思う。一線をとうとう超えた、と言う気がしていた。喜んでいない新アメリカ人は僕以外見当たらなかったのは当然と言えば当然だ。

それから10年以上がたって、その間には日本の国籍離脱の手続ありーの、元妻の「家出 to the USA」ありーの、僕の腎臓病発覚、そして別居・離婚ありーの、でまたまた引越、と言う何とも忙しい人生だ。

45歳までに人が経験する人生の出来事の2~3倍は経験したんじゃないかと思っていたけど、残っているのは逮捕・収監ぐらいじゃないか未経験って。

国籍の問題に立ち返ると、僕も日本に再帰化することを考えなかったわけじゃない。

しかし、アメリカ国籍をとった時の理由に比べて、今の理由たるや、「不便で都合が悪く、コストもかかる」程度である。

人は国籍を選ぶ自由と権利があってしかるべきだと思う。しかし、その選択は、それなりの覚悟が必要だと思う。「不便で都合が悪く、コストもかかる」程度の理由で国籍をとったり捨てたりするのは良くないと思う。

猫ヒロシが選んだ選択肢も、それなりに重い選択だったのだから、それがどっちに転ぼうと、彼自身が結果を受入れて生きていくべきであろう。

カンボジア国籍であろうと、配偶者、親子関係が存在するのであれば日本での永住権はまず問題ないから。
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コメント

No title

ブログ とじんでください。 (ブログを閉じないで下さい)

Re: No title

> ブログ とじんでください。 (ブログを閉じないで下さい)

なんとさん、まだ、どうするか決めかねていますけれど、続けるにしても、新しいブログサイトになる可能性が高いと思います。
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