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Taka

Author:Taka
旧ブログ「Infinite Harmonics」から引越してきました。

ギターや日常生活、腎臓機能保存の食事療法(現在の制限は1日あたり、タンパク質30g、塩分6g、カロリー1800kcalです)についての独り言を中心テーマにしています。2012年、IgA腎症と診断され、扁摘パルス治療実施。現在保存期。

拙いギター演奏をYouTubeにて公開してます。

Facebook: https://m.facebook.com/dilbert4216

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新しい?それとも本来の「ゴジラ」映画?

今、話題になっている「シン・ゴジラ」を見てきました。

感想は面白かったし、よく出来た映画だと思います。少なくとも前回見たアメリカ制作の「Gozella」よりは、優れた映画だと思います。

 子供の頃観ていたゴジラ映画は、いわゆる怪獣プロレスの様なものでしたし、さすがに今となっては、そう言う類のものには興味はわきません。その点、今回のゴジラ映画は、ある程度の大人でないと楽しめないものでしょう。

 監督の庵野さんはエヴァンゲリオン映画で知られている方らしいですが、エヴァンゲリオンを全く知らない僕には未知の存在でした。映画の後、30代くらいのカップルの人が「エヴァだよね〜」と言ってたのが印象的です。

 


メイン・テーマにゴジラを持ってきたのは必然なのか、単にメッセージを運ぶ媒体だったのかは分かりませんが、ゴジラ自体よりも人間、社会、そして政治がメインに置かれていたと感じます。

見方によっては反核であり、また自衛隊礼賛でもあり、反米的でもあり、親米的でもあります。その辺の作りは面白いのでは無いでしょうか。

英会話のCMにでて流暢な英語を披露している石原さとみは、少々映画に不釣合いな位に目立つ存在でした。実際、あんなキレイに文法ばっちしの英語を喋るアメリカ人がいる事自体が不自然。(笑)

通院日~悪化の傾向?(~_~;)

来週からしばらく旅に出るので、昨日は前回の通院から6週間での通院日でした。








クレアチニン: 1.60   (1.54から少し低下) eGFR 36
BUN:12
尿酸値: 6.2 
尿たんぱく定性:  ±   
尿潜血定性: +2   (う~ん!?潜血反応が消えない)

数年前クレアチニンが2を超える悪化をした時も潜血反応が出ていました。IgA腎症のパターンの様でもあります。

寛解しても再発する可能性はあるので、いやな兆候です。

旅に持って行く診断書(英文)ももらいましたが、\8,000とはびっくりポン!やね。

診察後の栄養指導では出浦先生の話も出ました。まだ、余り公にされていないらしいのですが、フォロワーの間でアッと言う間に情報が広がったようです。






次回の検査は3か月後。数値はどうなっているのか正直、心配です。でも、心配しても何かが改善されるわけでもないので、旅の間は出来るだけ無理をしないよう、心がけるつもりです。

出浦先生が亡くなられました

先日、腎不全保存期を低たんぱく食事療法で過ごされた後、人工透析に入られた方のブログで出浦照國先生が亡くなられたのを知りました。

私の高血圧、慢性腎不全が昭和大学藤が丘病院で判明した2009年当時はまだ、そこの腎臓内科で外来の診察を限定的なベースでされていました。私が腎不全の事や、食事療法の事をネットで調べて見つけたブログ主さんも、たまたま先生の患者さんで、高いクレアチニンの値にもかかわらず驚くほど長い保存期を過ごされた男性も、当時、先生の外来患者さんでした。

出浦先生が藤が丘病院に長く勤められていたこともあり、先生の進める低たんぱく食事療法に沿うような毎日のたんぱく摂取量を心がけるようになっていったのは割と自然な流れだったと思います。

そういう流れもあり、手探りで始めた低たんぱく食事療法でしたが、しばらく経って出浦先生の講演会を聞きに行くようになりました。先生を講師にするセミナーは腎照会と言う患者会が開いていて、そこに私も参加することにしたのです。

体重(kg)x0.5=毎日のたんぱく摂取量(g)とする先生のガイドラインは一部の医療関係者・患者さんたちからは名指しで批判されることもありましたし、僕自身、「F(藤が丘)一派」などと揶揄する書き込みを見たこともありました。それでも出浦先生の腎不全保存期患者に対する熱意と献身は突出したものだったと思います。

それでも、自己管理のできている患者さんには、個人差はあるにせよ、腎不全の進行を遅らせ、透析導入を遅らせるケースが多くみられるのも事実であり、その方たちは先生にとても感謝されています。

私が通院の度にお話をする栄養士さんも先生のことをとても慕っておられました。



最近はダメな面が多くなってきた、私の食事療法ですが、家での主食は先生が言われていた「でんぷん製品」を中心にしてきています。

低たんぱく食事療法が効果があるかないかは、コントロールが十分できた調査が無いこともあり、これからも議論を呼ぶのでしょうけれど、僕としては、納得できる範囲で、心の負担、体の負担が許す範囲で続けていこうと思います。

人工透析導入を1年遅らせれば、一人当たり数百万円医療費が減ることを考えれば、もっと多くの人が腎不全の進行を遅らせる治療や生活習慣に関心を持つべきだと思っています。

出浦先生、短い間でしたが、お会いできてとても良かったです。どうぞ、安らかにおやすみくださいませ。

通院日でした~風邪ひいたから?(-_-;)

前回の通院日から何の書き込みもしないまま、また通院日がきてしまいました。

ここ最近の出来事としては…


MihoちゃんとMihoちゃんのご両親と4人で天城高原へ一泊旅行して、


満開が過ぎた河津桜を見に行ったり…


高校時代の旧友とランチしたり…


大学の同級生の設計事務所での飲み会に出たり…


通訳案内士のIDカードが届いたり、と言った事があり、合間合間に家飲みと外飲みが入る、相変わらず生産性のない毎日でした。

ではでは、検査数値の記録です。

クレアチニン: 1.54   (1.49から少し低下) eGFR 37
BUN:10
尿酸値: 6.0 (微減)
尿たんぱく定性:  −    (変わらず)
尿潜血定性: +2   (Ouch!?)

尿潜血が「ドン」と上がりました。(~_~;)
10日ほど前に風邪をひいて熱を出しまして。なかなかよくならず、途中、お酒を飲んだりしたのも災いしたのか、風邪の影響が月をまたいでしまったようです。

クレアチニンもやや悪化。まぁ、この1年の変動範囲ではあるけど…

1年ぶりに骨密度検査を受けて骨粗鬆症のリスク評価をしました。

結果、同年代比96%でした。やや残念ですが、とりあえず骨粗鬆症のリスクは見られないと言う事で薬が一種(2錠)減りました。

僕の担当医はこの病院にかかり始めた2009年から、医師個人の都合や病院組織内の異動とかもあり、現在4人目の医師です。
二人目に当たった若い医師は苦手なタイプでしたが、わずか2回の通院で異動になったこともあり、これまで医師との関係はおおむね良好だったと思います。

ただ、僕のようないつ腎機能の低下スピードが加速するか分からない不安を抱え続ける患者にとって、検査数値を間に挟んで対話する医師だけでなく、栄養士との対話がいろいろ不安の低減に役立ってきたように思えます。

ただ、こういった環境も相手側の都合でいつなくなるか分からないですから、その時の覚悟もしておかなければならないでしょう。

低たんぱく食事療法も、どこまでやったら効果があるとかないとか、実際のところ分からないです。原疾患、既往症、体質など様々なパラメータが複雑に入り混じっているのでしょうから、ある個人、または集団が一定の経過をたどったからと言って、それが慢性腎不全患者一般に適用できるかは疑わしいと思います。だからこそ患者は不安になるのかもしれません。

栄養士さんとの話の中で出浦先生の話も出ました。なかなかセミナーが再開できない状況のようですが、出浦先生のように医師レベルの知識・経験の無い栄養士や患者にも分かるように説明できる医師はなかなかいないそうです。

低たんぱく食事療法に関してはいろいろな意見があり、出浦先生の説に反対される専門家もいますが、出浦先生は自分のポリシーをしっかり持った方だと言うことは事実だと思います。先生の言われていることを実践しているわけではありませんが、先生の活動を継承していかれる医師がもっと多く出てくることを希望しています。

おまけ:eGFRの経過
eGFR201604

通院記録 & 近況など

昨日は今年初めての腎臓内科通院日でした。
結果は以下の通り。
クレアチニン: 1.49   (1.43から少し低下) eGFR 39
BUN:11
尿酸値: 6.2 (微減)
尿たんぱく定性:  −    (変わらず)
尿潜血定性: ±   (変わらず)
クレアチニンは少し下がったけど、eGFRに換算すると1ぐらいの変化なので、変動誤差範囲とも言えます。
尿中血液反応がなかなか消えません。たんぱくが出ていないので、それほどのリスクは感じられないとの医師の判断ですが、ステロイドパルスの予後のベストケースとは言えないです。
次回は4月の初め。次回は骨塩定量検査をして骨粗しょう症のリスク評価をし、もし問題が見つからなければ薬を一種(アルファロール)を減らすことになりました。
通訳案内士の合否発表がいよいよ一週間後に迫りました。感触としては合格していると思うのですが、結果を見るまでは何とも言えません。
通訳案内士の業界団体は20近くあるのですが、その中でも構成メンバーが全て通訳案内士のみと言う「協同組合全日本通訳案内士連盟(JFG)」が先週末に都内両国で開催した「新合格者説明会」に参加してきました。
通訳案内士を取り巻く環境についての講演や現役ガイドの体験談などに加え、合否発表後すぐに開催される「新合格者研修会」の話題が中心でした。成田空港、都内観光スポット、箱根・富士エリア、日光エリアなどを巡りながらの実地研修は2つの週末を使って、計5日間の研修となるそうで、合否発表後ただちに受け付けが始まり、先着順のためすぐに満員になることが多いそうです。
合格後参加するかどうか迷うところではありますが、5日間で5万円は観光地巡りだけをとってみても安いと思うので参加を検討しています。ただ、二月の箱根や日光は寒いだろうなぁ~(-_-;)

江部先生のムック版楽譜集



ふと、思い立って、これまでに買った江部先生のムック版の曲集を引っ張りだして見ました。

曲の多くは別途、出版されていたり、マイナーな焼き直しだったりしますが、この中でしか見られない曲もあったりします。

再版とかないムック版なので、意外と貴重かも知れません。

見直してみたら、あれやこれや、好きな曲だけでも僕が一生かけても弾けきれないほどの数です。

大事にしなければいけません。

江部先生の告別式

先日亡くなられた江部賢一先生の告別式が12月28日午後0:30から近くの市が尾で開かれ、僕も参列してきました。
小さめのセレモニーホールはご家族、親戚の方たち。
入り口にある待合スペースは来訪者が立っている人も含めて20人ほど。僕が案内された二階の部屋もあっと言う間に埋まってしまい、全体で60~70人ほどだったでしょうか。
音楽葬と言う形式でBGMはご家族が選ばれた曲、ボサノバやビートルズが流れる式でした。
入院中の病院で息を引き取られる前に、病室内のいろいろなものを見渡して「Fmaj7だね」と言われたとの事でした。
先生、カッコ良すぎます。
また、先生の曲の数々、チャレンジさせてもらいます。天国で聴いてくださいね。

江部先生がワタミでよくオーダーしていたとん平焼き。写真はウェブから拝借。

江部先生。この一冊

江部先生の著作との出会いは大学を卒業したての頃、僕が25歳前後だったでしょうか?
それまで、ギター向けの映画音楽、ポピュラー音楽、ボサノバなどの曲集が少なかった頃、斉藤まもる氏の曲集ぐらいしか興味がわかなかった僕でした。

江部先生のこの曲集を手に入れて間もなく僕は建設会社のアメリカ駐在員として日本を離れました。アメリカにいた16年間、ずっと手元にあったにもかかわらずろくすっぽ弾きもしなかったギターでしたが、日本に戻りギターを再開してから改めて江部先生のアレンジの秀逸さに気付くようになりました。

江部先生の曲集から一冊をあげるとしたら迷わず、この一冊です


椎野みち子さんの紹介で江部先生のご自宅にお伺いした時に頂いたサインも残っています。

江部先生、ありがとうございました。

昨晩遅く、ギタリストの益田さんのFBで江部賢一さんが亡くなられたのを知りました。

昨年の手術以降、先生の体力を考慮して直接お会いするのを控えていましたが、再会する機会なく、この様な事になり、残念です。

江部先生のアレンジに会ってからもう30年以上の月日が経ちましたが、今でも多くの楽譜、曲集が私の音楽とギターの手引きとして手元にあります。

一年ほど、先生に直接レッスンを受けた事はとても貴重な財産になりました。これらはこれからも私のギターの強い支えになってくれることでしょう。

江部先生、本当にありがとうございました。

​ 通訳案内士受験顛末記(1)~全てはステロイドの所為?


先日受験を終えた通訳案内士への挑戦(笑)が今回で一段落したので、およそ2年に及ぶここまでの道のりを簡単に記しておこうと思います。
2013年の4月から開始したステロイドパルス治療はIgA腎症の寛解を目的としたものですが、様々な副作用の中に情緒不安定になりやすい、と言うのがありました。
今になり思い返すと確かにそれまでとは違った行動をとっていた事があるようです。桜の咲いていない角館へ花見旅行したり、南三陸町~女川旅行をしたり、九州を三週間近く旅行をしたりしたのも大なり小なりステロイドの影響下にあったからかもしれませんん。
その影響か、仕事が余りに来なくなった事もあってか、2013年の秋から横浜桐蔭学園大学で開かれていた公開講座を取り始めました。
秋は翻訳講座を取り、ここでかなり自信を無くし(汗)ましたが、年明けからはスピーキングの衰えを補おうと同じ公開講座の上級英会話をとる事にしました。
10数人の受講生の半分位が男性で、皆さん退職後暫く経っている人ばかりで僕は多分男性で最年少だったと思います。女性陣には僕がとてもかなわないレベルの人もいました(やはり女性のコミュニケーション能力は男性より高いと思いました)が、男性陣には僕が目を見張るほど英語の達者な人はいませんでした。
その中の僕よりは年を取った一人の男性がある時、「通訳案内士の資格を取りました」とクラスで表明したのです。二次口述試験の発表が例年2月に行われるので、確かそのころだったと思います。率直に言って僕は心の中で、「へぇ、この程度の英語力で取れる資格なんだ」と思っていました。
翻訳にも正直、自信も展望もなくなりかけていたし、前年に訪れた東北を海外からの訪問者にももっと紹介したいという思い(この思い上がりと言うか、発想がそもそもステロイドの影響なのでしょう)もあり、一つ試してみようかなと思ったのが、2014年の3月でした。
次回は情報収集と一次試験までの経過を書いてみたいと思います。
*通訳案内士の口述試験対策に僕が使った、割とお勧めの本(1)
「CD付日本のことを1分間英語で話してみる」
広瀬直子(著)
(出版社) KADOKAWA
CD付日本のことを1分間英語で話してみる